Se connecter翌日。
カラッとした晴れ空だった。アストラブール広場の闘技祭会場には百人以上のプレイヤーが集まっていた。トウマとウミ、ベルフラウも闘技祭へ参加するために人々の列に並んでいる。戦力増強のため、すでにバフ料理は食べてきてあった。
先頭にいる闘技祭実行委員長のNPC男性が拡声器を持って喋る。
「おはようございます。ここに集まっている方々は闘技祭出場者ということで間違いありませんね!?」
特に誰も返事をしない。だけど小さく頷いている者はいた。
:ウミちゃん、闘技祭頑張って!
:ベルお姉様は一位に決まっています。
:トウマ君、応援しています。
NPC男性が拡声器を持ったまま声を張る。
「返事はありませんでしたが、皆さまを闘技祭出場者ということで認めさせていただきます。それではこれより、皆さまには予備選会場へとワープしていただきます。闘技祭本戦のトーナメントに残れるのはたったの八名です。では、早速ですが、ワープさせていただきます。おい、頼む」
残すは決勝戦と三位決定戦のみになった。 三位決定戦。 アイギスは暗い顔で試合場に立っていた。いま相手選手が来るのを待っている。だけど本当は、優勝して一位賞品のアビリティの書が欲しかった。それはもう叶わない。(晴恋が帰ってきた時のために、強くならないといけないのに) 現実は思い通りにならない。 まだ強さが足りないんだ。 ふと観客席を眺めると、夢中になってわたあめをかじっているNPCの少女がいた。両親に付き添われており、心から嬉しそうな表情を浮かべている。底抜けに明るいその笑顔に違和感を覚えた。同じAIなのに……。 アイギスが眉尻を下げる。(どうして君はそんなに幸せそうなの?) ずるい。 ふっと風が吹いて、場外からウミの声が響いた。手を振っている。「アイちゃーん、頑張ってくださいですぅ」 右耳のイヤーカフが太陽の光をキラりと反射する。 アイギスの胸が温かくなる。あごを縦に動かしてイエスのサインを送った。 ウミちゃん。(頑張るからね) アイギスにとって、ウミの存在はこの冷たいゲーム世界を照らす一筋の灯りである。 やがて正面に、白銀のキャノンを持った男が現われた。ソフトモヒカンの髪型。裸の上に黒のチョッキを着ている。HPMPバーを見る。ニキという名前のようだ。 ニキが険しい顔つきで言い放つ。「最後だけは負けないさ」「……ふーん」 アイギスは油断無く盾を突き出して構える。 ハチマキの女性審判が拡声器を掲げて宣言した。「それではこれより三位決定戦です! 行ってみましょう! 試合開始です!」 審判員席でゴングが打ち鳴らされる。 ニキが後退して距離を取りつつキャノンを撃った。三連続で弾丸が射出される。アイギスは集中してパリイした。飛来する弾丸を大盾で弾き返す。弾丸に大盾をタイミング良くぶつけ、ニキをスタンさせる。
準決勝だった。 アイギスは目を血走らせて試合場の入場口に立っている。対戦相手は、絶対に負けられない相手、クレナイだった。お客さんのガヤガヤとした声が響いている。四月の終わりの空気は暑すぎることも冷たすぎることもなく丁度良い。 アイギスは配信ドローンを飛ばしていない。そのせいで視聴者コメントは空中に流れていなかった。 試合場に入り、アイギスは槍と大盾を構える。 目の前ではピンクスーツのクレナイがいて、左手の指にタバコの煙をくゆらせていた。彼が馬鹿にしたようにつぶやく。「ほほお、これは良い相手に巡り合ったものである。禍々しき犬のAIなのだ。よって、我が輩の拳で闇に葬り去るのであーる」「……絶対に負けない」 アイギスは歯をぎりりと噛みしめる。 ハチマキを巻いた女性審判が拡声器を掲げて宣言した。「それでは準決勝、試合開始です!!」 審判員席でゴングが打ち鳴らされる。 アイギスは右手の盾を構えた。 利き手に盾を持つことには理由がある。このゲームは相手の攻撃をタイミング良く盾で弾くことによりパリイ(相手の体勢を崩しスタンさせる)を発生させることができる。隠されたシステムであり、アイギスが気づいたのも最近のことだった。 気づいて以来、利き手に盾を持つことにしている。パリイを発生させることに全神経を集中させるためだった。 クレナイがタバコを吸って煙をぼおおと吐き出す。「犬のAIよ。主人の女はどうしたのだ?」「……話しかけるな」 アイギスは嫌そうに頬をひきつらせる。「つれないのであーる」 クレナイは短くなったタバコを捨てて靴で踏んだ。両手の拳を構える。声を紡いだ。「それでは行くぞ? 犬のAIよ」「……来い」「ふっ」 クレナイは鼻で笑った。身体を左右に振り、地面を滑るようなステップで動き出す。石畳と靴が擦れてぞおおと音が鳴った。
アイギスは危なげなく勝利を掴み取った。 カウンタースキルで敵を圧倒するような戦い方は圧巻である。敵の攻撃の全てを大盾で防ぎ、ダメージの一切を受けなかった。それぐらい彼女の戦い方は卓越している。最後、アイギスはウミに顔を向けてふわりと笑った気がした。ウミは盛大な拍手で応える。 問題は次の試合だった。 クレナイvs知らない女性プレイヤー戦。クレナイは女性の喉首を掴み、宙づりにして派手な殺人パフォーマンスを行った。「さあさあさあ、観客の皆さんは手拍子をお願いするのであーる。この腐ったゲームからの解放の瞬間を、刮目してしかと見届けるのだ! あ10! あ9! 8! 7! 654321、ゼエロォウ! ゴートゥーヘヴンなのだあぁぁああああ!」 ボキと喉の骨の砕ける音が鳴ったと思う。 女性プレイヤーの仲間の応援者たちが場外から「やめろ」と必死に叫んでいた。それはもはや悲鳴に近かった。 観客たちは口元を両手で覆ってその凄惨を眺めていた。 無惨にも地面に叩きつけられる女性プレイヤーの身体。 苦痛に歪められた顔。 HPを無くして姿が消えた。 クレナイは悪魔のように高笑する。「だあーっはっはっはっは! やってやったのであーる! 我が輩は正義の味方なのだぁあ! ウルトラマンも尊敬の眼差しなのであーる!」(それは無いだろうな) トウマは心の内で苦々しく吐き捨てた。 そして試合場からクレナイが退場する。左手にタバコの煙をくゆらせながら優雅に歩いていた。リズムを刻むように肩を揺らしている。だけど誰も拍手をしない。 呆然としていた審判が気を取り直して、第五試合の開始を告げる。 次は、トウマvsニキ。 拡声器で呼ばれて、トウマとウミは椅子から立ち上がる。 二人の肩にベルフラウが手を置いた。力強く声をかける。「二人とも、勝ちなさいよ」 ウミが振り返りニカッと笑った。尖った八重歯が覗く。「師匠、必勝です!」「任せろ」 ト
闘技祭は着々と進んでいく。 トーナメント進出者は八人しかいないので、三位決定戦を含めても試合が全部で八回しか無い。いま二試合目であり、知らないプレイヤーとニキが戦っている。ニキが試合を優勢に進めていた。 ニキが勝利すれば、トウマの次の相手はニキである。 出場者控え室テントの椅子でトウマとウミは腰掛けていた。ベルフラウは三人分のドリンクを買いに出かけている。ふと、犬の使い魔であるところのアイギスが遊びに来た。大盾と槍を背中に担いでいる。歩み寄り、ウミに右手を掲げた。「ウミちゃん、やっほ」「アイちゃん! ようこそですぅ!」 ウミは尻尾をぶんぶんと振って歓迎していた。唇を開いてチャーミングな八重歯を覗かせている。隣の椅子を勧めた。「アイちゃん、ここへどうぞ」「ありがと」 アイギスが腰かける。 二人で試合を眺めながら会話を始めた。二人分の尻尾が仲良く揺れている。 ウミには良い友達ができたようだ。昨日の前夜祭はアイギスに世話になったという。主人として、ここは礼をしなければいけないだろう。 トウマはステータス画面を開き、ベルフラウからもらったところのSランクのカレーライスカードを二枚取りだした。ウミに差し出す。「ほらウミ、友達と食え」「トウマ、ありがとうですぅ! 気が利きますぅ」「何? そのカード」 アイギスが金色のカードをちらりと見やる。 アイギスの前のテーブルにウミが金色のカードの一枚を滑らせた。「Sランクのカレーライスですよ! 師匠が作ってくれたものですぅ」「師匠って誰?」「師匠っていうのは、ご主人様の恋人で、ベルフラウって言う人ですぅ」「ベルフラウさんって人は料理ができるの?」「あ! ……え、えっと、そうなんですぅ。えっと、ご主人様?」 ウミが説明しにくそうにトウマの顔をうかがう。 料理システム情報は秘密である。 トウマは両手を胸に組んでアイ
第一試合開始前。 闘技祭会場はお客さんたちの熱気で包まれていた。がやがやと話し声が響いている。賭け事が始まっているようで、誰が勝つかという声が一段と高く聞こえた。観客席の後ろにはあの巨大なグリーンの戦車があった。砲身が長くピカピカと輝いている。呼び物としてデカデカと目立っていた。 試合場は四人の魔法使いが囲んでおり、彼らが結界を張ってくれていた。遠距離攻撃がお客さんへ飛ばないようにとの配慮だろう。 試合場の横の地面で、いまトウマはウミを叱りつけていた。「ウミ、ラヴリー天使の水着を着ろ!」「い、嫌ですぅ! あんな恥ずかしい水着を着て、お客さんたちの前に出られないです!」「何を言っているんだ! ウミ、あの水着は防御力が高いんだ! Bランクだぞ? 早く着ろ!」「ご主人様、勘弁してくださぁい! 無理なものは無理です!」「馬鹿! これは闘技祭に勝つためなんだ!」「水着を着なくても勝てれば良いです!」「水着を着た方が、勝率が上がるだろ!?」「無理なものは無理です!」:ウミちゃんいい加減にしなさい! 闘技祭は真剣勝負だよ。:ウミちゃんの水着姿! げへへへっ。:さあウミちゃん。恥ずかしい水着を着ようね。 ウミは頑なに水着を着ようとしない。トウマはやれやれと首を振った。(着せるには、どうすれば良いんだ?) やがて入場時間になり、トウマの名前が呼ばれた。彼はしぶしぶ試合場へと歩く。ウミがしかめ面をしながら着いて来た。結局、緑色のロリータ服のままである。これでは防御力が低い。 試合会場は縦横五十メートルほどの間隔を儲けられた正方形の空間だった。地面は石畳である。魔法使いたちが張っている結界以外に障害物は無かった。正面にはベルフラウが立っている。一回戦目から恋人と当たるなんて、ついてなかった。 女性の審判がいた。闘技祭係員の制服を着ており、頭にはハチマキを巻いている。彼女が拡声器を持って喋った。「それでは、闘技祭一回戦です! 行ってみましょう! トウマvsベルフラウ
円形状のフィールドだった。 端は崖になっている。崖の先は灰色の空がそびえるのみであり。フィールドの中心には、ピンク色の髪をした巨人の大悪魔が立ち上がっていた。頭には羊のような角が生えており、尻には黒い尻尾があった。黒いボンテージを着ている。その大悪魔ルーインメイデンが可愛い声を発する。「きゃりらりらーん。ルーインメイデン様のご到着ー。君たち、灯台もと暗しって言葉、知ってるぅー?」 ルーインメイデンの大音声である。彼女を囲むようにして数十名のプレイヤーが顔を向けていた。それらの表情は不安なニュアンスで揺れている。:出た、闘技祭のルーインメイデン様。:この大悪魔、可愛くて好こ。:尊い! ウミがわなわなと唇を震わせている。「トウマ、あれを倒すですか?」「分からん」 トウマは短く答えて辺りを見回す。ふと、少し離れたところからベルフラウが駆けて近づいてきた。良かった、彼女もこのフィールドへと無事にたどり着いていたようだ。「トウマ、ウミちゃん!」「師匠!」 ウミが頬にエクボを浮かべて両手を開く。 ベルフラウは近寄るなり両手の甲を腰に当てて説明した。「二人とも、ルーインメイデンの攻撃は避けるしかないわ」「そうなのか?」 トウマが尋ねる。 ベルフラウはコクコクと二度頷く。「あたしは以前にも闘技祭の予備選に参加したから知ってるけれど、ルーインメイデンは戦っても倒せないわ」 そんな話をしていた時である。 ルーインメイデンがこちらに人差し指を向けて唱えた。「きゃりらりらーん。灯台もと暗しの意味が分からない君たちは、あちきの怒りを食らえっ。ルーインウェイブ!」 ズッキューンと音が鳴った。 ルーインメイデンの人差し指から青いビームが射出されて飛来する。 ベルフラウが叫んだ。「二人とも、横に跳んで!」 言った本人もジャンプしている。トウマとウミは横に大きく跳んだ。青いビームが床に突き刺さり、けたたましい音と共に床がえぐられる。えぐられた地面が焼けついていた。 ルーインメイデンは踊るように肩を揺らして次々とプレイヤーたちに指を向ける。青いビームを立て続けに放った。「それそれそれ、灯台もと暗しだよ! ルーインメイデン様のルーインウェイブを避けられるかな!?」 青いビームが床を陥没させている。 回避に失敗してビームを食らったものは一撃死
:何これ、ダンスゲームあるの?:初めて見る機能だな!:そ、その機能、どうやって入手するんですか? 空中に流れているコメントには疑問の声が多い。タオジの家にはドローンが入れなかったせいで、視聴者は入手方法を見ることができなかったようだ。 ――情報ですねえ、命より高いことがありやすぜ。お客さぁん。 道具屋の店員の言葉が思い出された。 この情報、 誰にも言ってはいけない。 立体映像のお手本ダンスを見た後、ベルフラウは納得したようにコクコクと頷いた。トウマとウミに視線を配る。「簡単そうね」「いやいや! 今のを踊るんですか? できないですぅ」 ウミが両手のひらを振っている。自信が
タオジの家。 ランタンの灯りだけが部屋を照らしていた。埃っぽい室内。背の低い木製テーブルの上には完成品の千羽鶴が横たわっている。 ステータス画面を出し、トウマは初心者の包丁をアイテム欄にしまう。するとステータス画面の一点が光り、新たな項目が現われた。 料理。(こんなことってあるのか?) 価値の薄いように見えたクエストが、驚くべき恩恵をもたらしていた。 人生は、効率じゃないのか? 価値観が崩れ去るような衝撃を覚える。 トウマは静かに驚きつつ、料理の項目をタップしてみる。レシピが一つだけ表示されていた。カレーライス。調理するためには材料がいるらしい。ジャガイモ、ニンジン、タマネ
――クエスト、千羽鶴を折る 空中に表示された文字を見て、トウマは首をかしげた。 千羽鶴を折るって、それはどのくらいの時間がかかるんだ? NPCの男性、タオジが深く頭を下げる。「すまねえ、あんたたち。明日は村の戦士たちが集まって山へ邪蛇狩りに出かけるんだがよ。成功を祈願して、千羽鶴を折りてえんだ。頼む、手伝ってくれねえが?」 ベルフラウはちょっと困った顔をして両手を胸に組んだ。「うーん」とつぶやいて、それから尋ねる。「報酬によるわね。千羽鶴を折るだなんて、凄い時間がかかると思うし。貴方、あたしたちにいくら払えるのかしら?」「報酬は、んっと、一人500ヴァルでいいべか?」 ベル
昼食のため、一度ログアウトをしていた。 狭苦しいマットルーム。空調の効いた室内であり、他人の気配だけは濃厚な空間。 トウマは味の選べるログネストラーメンを食べていた。今日は塩味である。安っぽい味わいだが、さっぱりとしていて割と美味しい。割り箸でずるずると麺をすすっていた。 ふと左側の部屋で女性の声がする。「やっぱりトウマってあの人、ユウマなのかしら?」 ドキッとした。 左側の薄い壁を凝視する。 今の言葉はどういう意味だ?(まさか?) 真帆の声だと思った。セリフの内容からして、おそらく間違い無いだろう。 だけど、どうして彼女がここにいる? 田舎から出て来たのだろか。







